ある朝、聖母マリアは、天国がざわめいているのに気づかれた。玉座におられる神様のお顔は悲しげだった。そのまわりをかこむ九位の天使たちも沈黙したままだった。
リュートやたてごとの金のコードを奏でる天国の楽員の指もこわばっていた。その沈黙の中で、ただケルビンだけが学生のようにささやき合っていた。
マリアさまはイエスの足元にかけよってたずねた。
「イエス、何が起こったのですか?」
「お母様、何という世のなかなのでしょう。地上をひとまわりしに行ったセラフィンが、大変なニュースを持ち帰ったところです。何と、守護の天使たちがストライキを始めるとおどしているのですよ」
「守護の天使がストライキですって?」と聖母は繰り返され、「そんな事がある筈がないでしょう?」と言われた。
「ああ、残念ながらセラフィンの報告は確かなのです。数日後に守護の天使たちはストライキに入るでしょう。困った事です」
聖母は当惑されて沈黙された。一方、天使たちは集まって悲しげなまなざしを交わし合っていた。そこを通りかかった大天使ミカエルをみつけてイエス様は呼び止められた。
「ミカエル、あなたは何が起こっているか知っていますよね」
「知っていますとも」
大天使は頭を下げて申し上げた。
「この知らせはまたたく間に広がっています。全王国はすっかり動揺しています“天使たちの第二の反乱だ”と言っています」
「何ということだ。大変なことだ」とイエス様はもう一度嘆かれた。
「素晴らしい天使たちは一体どうなっているのですか?」
聖ミカエルは首をすくめた。
「人間の悪い手本ですね。本部に皆を呼び返すべきでしょう」
「守護の天使を呼び返す?・・・・・ミカエル、考えられないことですよ」
「主よ、お望みのようにしてください。しかし、私の言う事を信じてください。地上は天使にとってさえ、推薦に値する場所ではないのです」
「それでも、無力な被造物を、ほろびる地球に打ち捨てておくことはできません」
とイエスは言われた。
「ああ主よ、わたしにこのすべてをせいばいさせて下さるなら・・・」
好戦的な大天使は、火の剣を振り回しながら大声で叫んだ。恐れのあまり翼のもつれ合う音と共に、おびただしい天使たちは天の四方にちりぢりになった。
イエス様はおしとどめられた。
「ミカエル、静かにしなさい。それよりも今晩ここに話し合いのために守護の天使たちを集めなさい。彼等の苦情を聞いてやりましょう」
夕方、聖ミカエルは大空に天使たちに知っている暗号にしたがって星をならべた。
「すべての守護の天使は、今晩、西側の天に月の光がさす時に集合すること」
守護の天使たちは神との会合のために上がってきた。皆そこに着いて、雲の階段に着席すると無数の群れとなった。
イエス様は彼等の真ん中進まれた。
「天使たちよ、あなたがたはストライキをしようとしているそうですね。それはまったく妥当なことではありません。一体何があったのですか?」
彼等は答えた。
「わたしたちは理解されない仕事にあきてしまったのです」
「もう我慢できません」
「天国に帰りたい!」
「地上で、余りにも孤独です」
「孤独ですって!」
イエス様は驚いて言われた。
「でも一体、人間と一緒にいないのですか?めいめい夜も昼もはなれない友がいるではありませんか」
「それでも主よ、私たちは孤独なのです」
一位の大天使は立ち上がって答えた。
「人間は私たちを無視するのです」
「そのとおりです」
と他の天使がつけたした。
「人間は私たちに全然注意をはらわないで、馬鹿げた騒ぎに引き摺り込むのです。天使がすぐそばについていることを考えている人がいるでしょうか」
次に金髪の美しいセラフィンが立ち上がって言った。
「私は、ちびのジャンの守護の天使です。いつも、崩れかかった塀や、転覆しそうなボートや、折れそうな枝などに登っている騒々しいいたずら小僧。けれど私のおかげで、決して何の怪我もしないのです。水の上に落ちた時、つかまるように木の根っこを手の下においたのは私です。リンゴの木から転げ落ちた時、衝撃をやわらげるために地面に私のマントをひろげてあげました。ちびのジャンは、かすり傷もなく起き上がりました。私に感謝することを考えたと思いますか?・・・・・私だとさえ認めてくれなかったのです」
セラフィンが話し終えると、白衣を着て黄金のおびをしめた一位の天使が語り始めました。
「私の任務は、左右をみないで道を横切る軽率なリーズという少女を守ることです。電車や自動車に轢かれそうになった時、二十回も彼女のそでを引っ張ってあげました。彼女はいつも、その危ない瞬間に、どんな奇跡によって身をかわしたのだろうといぶかりながら、決して、私がかかわったとは考えないのです」
青い上着を着た美しい天使は、悲しげにため息をついて
「ああ、こどもたちは恩知らずです」と言った。
「私たちが耳元に良いすすめをささやいていても、聞き分けてくれません」
と他の天使がなげいた。
「私の場合はもっと悪いのです」
と、ばら色の服を着たケルビンが言った。
「私の小さな友ルールーは私のいることさえ知らないのです。お母さんが彼女に教えたことがないのです」
嘆きのコンサートは、この調子で延々と続いた。
他の天使よりもずっと悲しげで、つかれきった様子の一群の天使に、急に気づかれたイエス様はお尋ねになった。
「天使たちよ、あなたたちは何を話したいですか?」
「おお主よ」と
響きのない声であわれな天使たちは答えた。「私たちの不運は今お聞きになつたすべてにまさるものです。私たちは、大人の守護の天使です」
宇宙の主は真剣になり当惑した様子で髭を捻りはじめました。不安な沈黙で天国は重苦しい雰囲気につつまれた。
長い沈黙の後、イエズス様はついに口を開かれた。
「天使たちよ、あなたたちから聞いたことでわたしは悲しんでいます。みなさんをよわい人間のもとに送ったのは、彼等の人生の旅路を助けていただきたかったからです。けれど、任務が重いようですから、これ以上苦労させるつもりはありません。天国にどうぞ戻ってください」
この言葉聞いて、つばさをもった大群衆から天国の丸天井をゆるがすほどの大喜びのどよめきが上がった。
けれども、突然、聖母が集会の真ん中にあらわれて、こう言われました。
「一言話させてくださいませんか」
だれもが知っているとおり、御母に決して何もことわらないイエス様は、
「お母様どうぞ」
と答えられた。聖母は守護の天使に向って言われた。
「イエスにもまして、私は。あなたたちが計画しているストライキについて心配しています」
聖母マリアさまは、守護の天使がいなければ、地上の子供たちは滅びてしまうことをよくご存知だった。
「最後のお願いですが、もう一日、同じつとめに出てくださいませんか?
その間に、私たちは投票の準備をしますから、明日の晩、この悲劇的なストライキをするか、やめるか、投票しに来てください。過半数とった方が勝つことになるでしょう」
守護の天使たちは、イエズス様とマリア様の前にひれふするやいなや、地上に向って再びとび立った。
その夜、天の女王は、こっそり天国を抜け出して、不思議な訪問を始められた。音も立てずに、家から家を回り、こどもたちの眠っている小さなベットに身をかがめ、その耳に何事かをささやかれた。聖母は特にこどもたちを選ばれた。しばしば大人たちの耳は遠いから・・・・・こうして聖母は世界中のこどもたちのもとを訪ねられた。
翌朝、目が覚めたときこどもたちは皆、同じ夢をみたことに気付いた。どんな夢?誰もが性格には覚えていなかった。けれど、彼等は一晩で次のことを理解するようになっていた。つまり、一人一人に美しい天使がついていて、彼等は大変さびしがっていること、また、こどもたちがちっとも天使を愛さないので天使が離れて行こうとしていることなどであった。
すべてのこどもたちは、手を合わせてこう言い始めた。
「親切な守護の天使、行かないでください!あなたが大好きです。とても必要です。今までたくさんの危険から救って下さって、どうもありがとう。今日も守ってください」
その晩、天国と地上の間ではひんぱんな往来があった。
前の晩しょげてしまって、疲れ果てていた天使たちが、晴れ晴れした顔で、投票しに天国に来て、よろこばしげなつばさの音とともに地上に帰って行くのだった。
開票の時が来ると、神様はびっくりなさった!昨夜はどうしても地上を見捨てようとしていた天使たちが、みな、一人の例外もなく、ストライキに反対の意しも表明した。
聖母マリアが無力な人間をもう一度すくうためにとられたのは、このような手段だった。
みなさん。このお話は今の時代にもあるでしょうか?眠っている間に、聖母はいらっしゃいましたか?多分おいでにならなかったでしょう。けれど、気をつけて下さい。あなた方の守護の天使も、忘れられると、さびしくなって、遠く天国に帰りたくなるかもしれません。